恥を忍んで

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「思いやり」を持つことによって自分を成長させる

      2017/12/12

 

すぐれた人間というのは、良くも悪くも「思いやり」がある人間だと思います。

どんなに勉強が出来ても、仕事が出来ても、お金を持っていても、異性にモテていても、そこに思いやりがなければ人間の格としては低次元であり、お得な生き方だとは私は思いません。

 

人間が生まれ生きていく目的とは

いきなりですが人間は何のために生まれ、何のために生きていくのでしょうか?

これは一種の宗教的な話しになってしまうかもしれませんが、私が思うに人は「自分の魂を磨くため」にこの世に生まれて、切磋琢磨して生きていき、少しでも魂を磨いて死んでいくことが人生の目的だと思っています。

神に近づけとか聖人を目指せとかそんな大層なことを言うつもりはないし、私なんかいたって普通の煩悩にまみれた凡人です。

ですが、少しでも人として成長していきたいとは思っています。

人として成長するとか、魂を磨くとか、それっぽいことを偉そうに書いていますが、このようなことはその人の社会的立場とか財産などといった物欲的なものはまったく関係ありません。

お金があるとかないとか

社会で成功したとかしてないとか

それなりの地位を築けたとか築けないとか

恋人がいるとかいないとか

幸せな家庭を築いたとか築いていないとか

見た目がカッコイイとかブサイクだとか

そんなことはあくまでも外見だけの話であって、生きていく人にとっては大事な要素かもしれませんが、最終的には誰もが歳を取って、全てを捨ててあの世にいくだけのことです。

しょせん外見だけのことなので、いつどんなときに消えていくものかわからないものです。

しかし、人の魂というのはこの世に生まれる前から、この世を旅立った後も常に存在する永遠のものです。

その永遠の魂を磨き、自分自身を成長させるためには、この「思いやり」という心がどうしても必要になってきます。

 

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「思いやり」とはどういうことか?

思いやりとは相手の気持ちを理解しようとする心です。

日常でもよくありますよね。

相手のことを思って何かをしてあげたり気遣ったり

相手のことを思ってやさしくしたり厳しくしたり

こういったことは生まれてきてから誰もが常にしていることです。

小さい子供であろうが学生だろうが、大人の社会人であろうが社会を引退した高齢者だろうが、誰もが死ぬまで何かしらの思いやりを持って生きているはずです。

この思いやりを自分はどこまで強く持っているか?

この思いやりを自分はどこもで捨てているのか?

このようなことを考えてみて下さい。

思いやりとは相手を思いやることです。

ここで誤解のないように書いておきますが、思いやりとは「何かをしてあげること」ではありません。

ここで書いている思いやりとは「相手を思いやる」「相手の思いを感じる」ということです。

簡単に言うと、相手の気持ちや考えていることや、相手がどう感じるかを「考える」ということです。

厳密に言うと一般的には思いに行動が伴う場合もありますが、その思いに伴う行動は一旦置いておいて下さい。

その相手のことを思いやって考えてみたとき、あなたはどう思うでしょうか? 何を感じるでしょうか?

これがその人の思いやりの尺度です。

人それぞれが持つ思いやりのレベルです。

中には相手のことを考えすぎるあまり、相手のことを思いやっていたつもりが自分のことばかり思いやっているかもしれません。(自分を思いやることも当然大切ですが)

そもそも相手のことを思いやる(考える)ことする出来ない人だっています。

これもその人の思いやりのレベルです。

一般的な思いやりとは

「この人にこうしたら喜ばれるかな」

「この人は今大変だから何かしてあげよう」

「この人は今傷ついているから慰めてあげよう」

などなど。

そして相手への思いやりは何も良いことだけではありません。

嫌な奴、嫌いな人、まったくの赤の他人、誰に対しても思いやりを持つことはできます。

先ほども書きましたが、思いやりとは相手の立場を考えるということだからです。

「この人は何でこんなに嫌なことをするんだろう」

「この人は何でこんなにいつも怒っているんだろう」

「この人は何であの人と仲が悪いんだろう」

「この人は何で私の言うことを聞いてくれないんだろう」

「この人は何で怒らないんだろう」

「この人は何で嫌と言えないんだろう」

このようなことは何にでも言えます。

「この人は何で私に良くしてくれるんだろう」

「この人は何で誰にでもやさしいんだろう」

「この人は何で機嫌が良いんだろう」

「この人は何で人によって態度が変わるんだろう」

家庭でも学校でも仕事でもどこでもこのようなことは無数にありますよね。

これらだって思いやりなのだと思うです。

そしてその思いに対してあなたはどのような行動をとるのか? もしくは何も取らないのか?

例えその思いに対して何も行動を取らなかったとしても、上で書いたとおりこれも思いやりだと思います。

大事なのは相手のことを思い、そして何を感じたかが大切だかれです。

そこに行動が伴わなければ心が痛むのであれば行動する努力をすれば良いのです。

 

思いやりという相手のことを考えることによって成長する

相手のことを考える思いやりを行うと、次第に相手の立場に立って考えられるようになります。

上でも書きましたが、

「この人はどうしてほしいのか?」

「この人に何をしてあげるべきか」

「この人は何でそういう態度を取るのか」

このように様々なことをその場面場面で考えて行くと、徐々に相手のこともわかってくるし、人が何を考えているかもわかってきます。

色々とわかってくると、様々な選択肢が広がってくるし、その中で何が最善かを判断する能力も上がってきます。

これが思いやりの成長だと思うのです。

そしてこのように様々な人に対して、更に人それぞれの様々な場面に思いやりをもって接していると、自然と人間の性(さが)が色々と見えてきます。

性(さが)とは人それぞれ持っている性格であったり性質であったり、人それぞれの感情であったり、それこそ人それぞれの人間性です。

それらの人の持つ性(さが)がわかってくると、様々な人に対して寛容になってきます。

「この人はこんなことがあって嬉しいんだな」

「この人は物事が上手くいってて機嫌が良いんだな」

「この人は何か嫌なことがあって機嫌が悪いんだな」

「この人はいつも平然としているけど結構苦労してるんだろうな」

「この人は大人しい感じを装っているけど結構感情が激しそうだな」

「この人はいつも明るいけど辛いことにも負けずに頑張っているんだな」

「こういうことでも怒る人がいるんだな」

「こんなことでも喜ぶ人がいるんだな」

人間のそれぞれの性(さが)を理解してくると、思いやり伴う行動もどんどん的確になってきます。

時には何もしない、何も言わないという選択肢だって判断できるようになってきます。

そしてなんといっても、自分自身の人間性がどんどん成長していきます。

人にやさしくなれるのです。

人におおらか(寛容)になっていくのです。

つまらないことで怒ったりイライラしたりしなくなります。

イレギュラーなこと(急に予期せぬこと)が起きても心を落ち着けることが出来ます。

つまり自分の感情に振り回されるのではなく、自分の感情をコントロールしているとも言えます。

思いやりというのはこのように自分自身で鍛えることが出来るものであり、自分自身を成長させたいのであれば勉強や仕事を頑張るのもいいですが、このように思いやりを持つこともとても重要であるのです。

まずは相手のことを「考える」というところから始めてみてはいかがでしょうか。

 

 - 【自己啓発】