恥を忍んで

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「驕る平家は久しからず」物事が上手くいっているときこそ注意する!

      2016/06/30

人間とは物事が上手く流れているときは、ついつい浮かれてしまい、自分でも気づかないうちに思い上がった言動を取ることがあります。

 

 

良いことも悪いことも、それらが長く続くことがないのが世の常であるかもしれません。

そんな中、仕事も遊びも、お金も交友関係も、何にでも言えることですが、順調に物事が進んでいるときこそ、それらが長くは続かないことを頭に入れておくことが必要があります。

 

「驕る平家は久しからず」

驕る平家は久しからず

「驕る平家は久しからず」の意味

「驕る平家は久しからず」(おごるへいけはひさしからず)という故事ことわざがあります。

この言葉は、平家物語の冒頭に書かれている文章の一部分から生まれた言葉です。(下の赤字の箇所)

「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」

 

「驕る平家は久しからず」のことわざの意味としては、

地位や財力を持っていることに驕り高ぶり、周りの人々に対して傲慢な態度を取り、自分勝手な好き放題の振る舞いをしていると、いずれその地位や財力を失い、必ず失脚していくものである。

どんなに力があっても、栄華というものは決して長く続くものではない。

地位や財力があり、おのれの身が盛んなときにこそ、自分を戒め慎むことが大切である。

ざっとこのような意味合いです。

先ほど書いた平家物語の一部の「おごれる人も久しからず。」という言葉に、当時栄華を治めて天下を我が物と勘違いした「平家」が驕り高ぶり、そして滅んでいく様を掛け合わせたということわざです。

正に、天下を手中に入れた平家は、決して驕り高ぶることなく、世の人々に対して平和な国づくりをしていれば、平家の栄華はもう少し続いたかもしれません。

歴史を学ぶと、一度取った天下に対し、自分を戒めることなく傲慢になっている天下人は、大抵その天下は長くは続きません。

歴史の中で逆に天下を取っても、驕ることなく自分を戒めて注意深くあった人は、その栄華が長く続くということです。これは「徳川家康」がそれに当たることでしょう。

 

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栄華は長くは続かない

既に「驕る平家は久しからず」の説明で書きましたが、栄華というのは決して長くは続かないものです。

人生「山あり谷あり」と言いますが、必ず良い時もあれば悪い時もやってくるのです。

その悪い時期というものを、しっかり堪えて乗り切るためには、良い時期のときの過ごし方によるということです。

仕事にしてもお金にしても、恋人の恋愛にしても、交友関係にしても、物事が上手くいっているときこそ注意深くして、自分自身が傲慢チキにならないように戒めていれば、その栄華は細く長く続いていくものです。

仕事が面白くて評価も成果も得られて高収入も得られて、どんどん地位も高くなっていく、これは当人からしたら自分の才覚に溺れながらもウハウハ状態です。

そんな栄華も、いつまでもとんとん拍子で続くわけがありません。いずれ何かしらの壁にぶつかることがあります。そんな時に今まで傲慢な態度を取っていた人と、謙虚で控えめに人にやさしくして過ごしてきた人と、どちらがその壁を乗り越えやすいでしょうか。どちらがいざというときに周りの人が助けてくれるでしょうか。

立場が一気に逆転(転落)してしまえば、周りの人は今までのあなたの評価を一変してしまうことでしょう。傲慢な態度を取っていたとしたら。

人は落ちるときは簡単に、そして素早く転落していくものです。

 

スラムダンクの安西先生ならきっとこのように言うでしょう。

安西先生2

「お前なんか勘ちがいしとりゃせんか?」「あぁん?」

 

物事が上手くいっているときこそ周りに感謝する

何もきれいごとを言うわけではありませんが、仕事にしろ遊びにしろ、何をやっても上手く行くときというのは、決して自分自身だけの力や運があったからではないはずです。

必ず周りの誰かしらの協力が集まったり続いたからということがあります。

それは親であったり、友人であったり、恋人であったり夫婦であったり、上司であったり部下であったりなどです。

自身が浮かれて傲慢な態度を取るほど自分を見失う栄華というものは、決して一人だけの力では得られるものではありません。

そこには必ず影の功労者がいるのです。

そういった人々が居るということに気付けて、それでいてその人たちに感謝が出来るような人間というのは、決して自身が驕り高ぶることはないでしょうし、その栄華が失脚したとしても、その人には再び協力や援助が得られることでしょう。

そしてまた周りの人々に感謝を送る。

このような自身の振る舞いが出来るのであれば、きっとその栄華は細く長く続くようになるのではないでしょうか。

 

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