恥を忍んで

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人は暇なときより忙しいほうが充実している

      2017/12/12

 

人間というのは勝手なもので、忙しいときには忙しさにイライラし、疲れ果て、心身ともに参ってしまい、逆に暇過ぎると今度はつまらなさから不平不満がつのり、不安まで出てきてしまうものです。

 

 

どちらも「忙しすぎる」「暇すぎる」といった極端な場合かもしれません。

適度に忙しく、ときおり暇な時間が訪れるような生活・人生をおくれれば、それはきっととてもバランスが取れた充実した時間であることでしょう。

 

ある程度「忙しい」ほうが人生充実する

仕事が忙しい

もちろん人それぞれのケースバイケースです。

ですが、ほとんどの人間が「忙しいほうが充実する」と言えます。

では、なぜ忙しいほうが人生充実するのでしょうか。

 

人は誰しも承認欲求がある

人間というのは、基本的には誰しもが「承認欲求」というものを持っています。

まれに聖人のような、ただただ人に与える一方だけのような人もいますが、このような人は極まれな人のことでしょう。

さて、承認欲求というのは主に「誰かに自分のことを認められたい」「誰かに自分を必要とされたい」つまり自分の存在を「認められたい」ということです。

この「認められたい」という内容にそれぞれあることでしょう。

  • 誰かに好かれたい
  • 誰かに必要とされたい
  • 誰かにすごいと言われたい
  • 誰かに尊敬されたい
  • 仕事で成果を出したい
  • 勉強で成果を出したい

などなど、いくらでもあります。

みなさんもそんな思いを抱いた経験は、今まででたくさんあったことでしょう。

これは理性によってセーブ加減が人それぞれかもしれませんが、深層心理ではこのような「承認欲求」を誰もが抱えているのです。

 

「忙しい」=「必要とされている」という面もある

忙しい日々ということは、それだけ「やること」がたくさんあるということです。

やることがたくさんあるということは、それだけ「誰かしら」の役に多かれ少なかれたっているということなんです。

ちなみにこの「忙しい」には、自分のことだけやっている場合は含みません。

たとえば、毎日朝から晩までゲーム三昧であるとか、テレビやネットばかり見て時間がなくなったとかのことです。

そうではなくて、日々の生活の中でのことです。

仕事について言えば、仕事が出来ない遅いといったこともあるかもしれませんが、仕事が忙しいというのは、それだけその仕事に貢献しているとも言えます。
会社や上司に必要とされているということです。

家事などの主婦業や子供の育児などもそうです。
炊事・洗濯・掃除、そして子供の子育て、これらが忙しいというのは、それだけ家のことを一生懸命やっていて、それだけ家族のために働いているということです。

これらのことは、一見あたりまえのようでもありますが、決してあたりまえのことではないと思うのです。

その仕事や主婦業などの頑張りからくる忙しさによって、どれだけ周りの人の役にたっており、実はどれだけ必要とされていたかということがわかります。

ただし、残念ながら皆忙しさの中で生活しているため、そしていつもやっていることは「あたりまえ」という感覚におちいってしまうため、その「ありがたみ」がわからない場合があります。

それは、それらの「あたりまえ」を失って初めて気づくことかもしれません。

しかしそれでも陰ながらでも、忙しいということは、それだけ誰かのため(もちろん自分のためも含みます)に頑張っていることであり、それは誰かに必要とされているからという認識でいいのです。

それが自分の「承認欲求」につながり、そして「充実した日々」につながるのです。

 

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暇は逆に必要とされていない?

暇はつらい

 

では逆に暇な日々を送っている場合はどうでしょうか。

忙しい中でのときおりくる暇には、休息の意味もありリラックスして休養できることでしょう。

しかし、常に暇だったら?

 

「暇」=「必要とされていない」という面もある

かならずしも「暇」がダメであり、誰からも必要とされていないわけではありませんし、暇を誰かにつなげる必要もありません。

しかし、充実した日々を送るのに「忙しい」のと「暇」なのとどちらが良いかといえば、やはり忙しいほうが充実した日々を送れるのです。

これは先ほどの「忙しい」=「必要とされている」という箇所の内容の逆を考えてもらえば一目瞭然です。

人はだれしも「承認欲求」があると書きました。

では、毎日毎日暇な日々をおくっていて、仕事もせずにニートをしていたり、専業主婦なのに家事をほとんどしなかったり、そんな場合は誰かの役にたっているでしょうか?誰かに必要とされているでしょうか?

例えば、日々の仕事の中でも、忙しくバリバリ働いている社員もいれば、サボることばかり考えて暇そうにしている社員もいます。
例えば、毎日掃除して家を常にきれいにしたり、家族のためにおいしい健康的な料理をつくる主婦もいれば、家の中は常に汚くて料理もスーパーの惣菜ばかりな主婦もいます。

どちらが誰かの役にたっていて、誰かに必要とされているかは一目瞭然ですよね。

そしてどちらが日々充実した人生を送っているでしょうか。

 

話は変わりますが、最近はあまり聞きませんが、会社で「窓際族」という社員が居ます。
この窓際族という社員はどういう社員かというと、会社から必要とされずに仕事も与えてもらえず窓際の席に追いやられた社員という意味です。

この社員はつまりリストラ候補社員です。

いらない社員を強制的に辞めさせることは会社は出来ません。何かしらの理由がない限り。

しかし、社員を辞めさせるのは実はそんなに難しくはありません。
それは仕事を与えなければいいのです。

先ほども承認欲求の話を何度もしましたが、人は誰かの役にたっていないと感じるほど苦痛なことはないのです。
会社に行って仕事を与えてもらえないというのは、おもいっきり「いらない」「あなたは必要でない」といったことを無言で突きつけているのです。

この辛さや苦しさから、自分で希望退職をしたり、うつ病など心が病んだり、最悪の場合自ら命を絶つ場合もあります。

いじめなんかもそうですよね。
「無視」「仲間はずれ」という行為もそれらに該当するいじめです。

さて、少しだけ話がずれましたが、要は「暇である」「誰かに必要とされていない」ということが、充実した日々とはかけ離れているということなのです。

何度も言いますが、暇が悪いわけでもありませんし、ときには必要なことです。

ただ、「忙しい」と「暇」とどちらが充実した日々を送れるかというと、つまりそういうことだということなんです。

 

もし、今あなたが暇すぎて人生つまらないと感じているのであれば、何でもいいから忙しい日々を目指してみてはどうでしょう。
もし、今あなたが忙しい日々でつらいのであれば、時には休息も必要ですが、この忙しさを失って暇な日々になってしまったと想像したらどうでしょう。

それだけで、いつもの日々がちょっと違う視点で見れるかもしれません。

 

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