恥を忍んで

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精神論や根性論を出す経営者はやっぱりダメでしょう!

      2017/12/12

 

日本人の文化と言いますか、気質の中に「精神論」「根性論」といったものがあります。

これは日本人としての美徳のひとつとして上げられますが、やはり使い方によっては害になることも多々あります。

 

 

「精神論」や「根性論」

経営者の精神論・根性論

 

精神論や根性論といったことは、日本特有な部分もあります。

「気合が足りない!」

「根性がない!」

「歯をくいしばれ!」

「この苦しさを乗り越えろ!」

「みんな辛くても頑張っているんだ!」

「やる気を出せ!」

 

こんな言葉を聞くだけでも吐き気が・・・

とは言っても、私も決して「精神論」や「根性論」が嫌いというわけではありません。
やはりそこは私も日本人なのでしょう・・と思ってしまいます。

さて、日本人は昔から武士の名残もあり、精神論などが重要視されています。
生死観点よりもプライドや生き恥を嫌う精神による切腹もそうかもしれません。

武士は食わねど高楊枝」なんて言葉もあります。これは貧しくてご飯が食べれなくても武士というものはお腹を空かせたように見せず、楊枝を咥えて強がる様をさしています。

旧日本軍などもこのような武士の精神論的な気質は強く、気合と根性で戦争で戦っていました。
アメリカなど敵国からしたら、この異常なまでの精神力をもった日本人はまさに鬼神の如く、強く恐ろしかったと言います。
なんせ体も小さい、資金不足から武器にも差があり、兵力も大きな差がありました。
にもかかわらず、日清・日露戦争では大国に勝利し、大東亜戦争ではアメリカを苦しめたという恐るべし人種が日本人なのです。

そんな日本人の気質は、戦後70年を迎えた昨今にも根強く残っています。

 

働きすぎの日本人と精神論

さて、相も変わらず日本人はいまだに世界からみても働きすぎな人種とされています。

朝は普通に早くから、夜は9時、10時、終電や翌日までなど、一日のほとんどを仕事に費やす人は、日本人の中では決して珍しくありません。

もちろん中には仕事が好きで楽しくて、侵食を忘れて仕事に没頭する人もいることでしょう。

しかしほとんどの人は、適度に働き、必要以上に仕事や会社に拘束されていたいとは思わないはずです。
なぜならやはり、それは「働きすぎ」なのです。

日本人の仕事には、サービス精神が旺盛です。

普通に仕事すれば明日中にできることを今日中もしくは明日の朝一までに仕上げようとしたり、過剰なサービスやクレームを恐れ、必要以上の高品質で提供しようとしたり、などです。

ではその過剰なサービスの対価はどこにあるかというと会社が負担することになります。会社が負担するということはそこの社員が負担するということです。

この過剰なサービスが他同業者との差別化をはかり、さらに自社の発展につながるということは確かにありますが、やはり日本人はそれが過剰なのです。

これは過剰サービスももちろんありますが、その反面に誰かに文句を言われたくない、誰かに怒られたくない、誰かに責められたくない、といった臆病な面もあります。
これまた悲しいですが、周りを気にしすぎる日本人の気質のひとつなのでしょう。

 

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経営者は精神論や根性論はなるべく出さない

さて、前置きが長くなりました。

普段の仕事の中でも、この「精神論」や「根性論」といったものがあります。

「気合で終わらせろ!」

「やる気があるのか!」

「みんな頑張っているんだ!」

「辛いのはお前だけじゃないぞ!」

「そんな根性で通用すると思っているのか!」

 

冒頭と同じようなセリフですね。

日本人は理屈で説明するのが苦手な人種でもあります。

これは「上の命令は絶対」という残念な習慣もあり、仕事の一環として「なぜそれをやるのか?」「なぜそのやり方でやるのか?」「なぜ自分がやらなければいけないのか?」といったことでも、「上司の命令だから!」で押し通されることが多々あります。

つまり理屈ではなく命令だからやるのです。
そこに理屈で説明しろと言われても無理ですよね。

これは本当に日本人の悪しき習慣であり、日本人の呪縛でもあります。
日本の自殺者が毎年3万人(実際はもっと)を超すというのも、このような面がひとつとしてあることでしょう。

 

さて、このような「精神論」や「根性論」といった精神を全面的に押し出す上司というのはたまったものではありません。

これが学生のころの部活であったり、スポーツや武道などではいいかもしれません。

しかし、こと仕事に関しては、または子供の勉強などに関しては、この「精神論」や「根性論」といったものは多くの弊害を生みます。

そして、仕事の場合、経営者・社長がこのような「精神論」や「根性論」を出すのはもってのほかです。

会社・企業というのは、やはり「精神論」や「根性論」よりも、「公平」「公正」に重点をおくべきなのです。

会社の経営者というのは、そこの社員を束ねる大黒柱でもあります。
社長が変われば役員や上司の気質も変わったりすることはよくあります。

そのトップの経営者が「精神論」や「根性論」を前面に押し出して、社員を叱咤激励しているのであれば、それはとても要注意な会社でしょう。

なぜなら「精神論」や「根性論」だけでは、決して社員は付いてきません。
一時付いてきたとしても、いずれ離れていくことでしょう。

なぜ離れていくかというと、「精神論」や「根性論」を押し出す企業というのは、「公平」「公正」な目で社員を見ていない、もしくは薄い傾向があります。

社員はどんなに気合や根性で仕事を頑張ったとしても、そこに結果がついてこなければ評価はされないものです。
もちろん企業ですから仕事の成果は大切です。
しかし、社会というものは決して個人の力量だけでは成り立たないものなのです。
一見自分ひとりの成果に見えても、実は影で多くの人の貢献があったからこそということが大半なはずなのです。

それに成果が出ればどんな手段でも良いのか?
といった場合に、きっと自分は楽して誰かに苦労させたり、不正に近いことをして成果を出したりなんてこともあることでしょう。
そんなときに成果ばかりを優先していたら、まじめに頑張っている社員はアホらしくなって離れていきます。
真面目な社員が抜けた企業に未来はあるでしょうか?

 

企業において、経営者・社長の方針は強力な力があります。

その経営者が「精神論」や「根性論」を声高くあげているとすれば、それははっきり言ってろくな会社ではないでしょう。

この「精神論」や「根性論」を経営者が個人的思想として持っている分にはきっと問題ないでしょう。
仕事に対するその意気込みの姿勢は、良い意味で社員に伝わるかもしれません。
しかし、それを社員に強制するようではダメということです。

これは会社を選ぶ指針としても、ひとつの材料になります。

 

さて、「精神論」や「根性論」についていろいろ書きました。
最後に言いますが、私は決して「精神論」や「根性論」を嫌っているわけではありません。
甘ったれで責任感の薄い昨今の日本人には、この「精神論」や「根性論」も必要なことでしょう。
ただ、それを仕事や経営方針にもっていくのは違うよということです。

教育と仕事は違うということです。

 

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