恥を忍んで

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「実るほど頭が下がる稲穂かな」大物ほど謙虚で小物ほど傲慢である。

      2016/06/30

 

「実るほど頭が下がる稲穂かな」

この有名なことわざは聞いたことがある人は多いかと思います。

 

 

「実るほど頭が下がる稲穂かな」の意味

実るほど頭が下がる稲穂かな

 

「実るほど頭が下がる稲穂かな」の意味は、

稲穂(いなほ)とは、イネですね。お米です。

稲(イネ)は実が熟していくほど、実の重みで穂が垂れ下がっていきます。

この稲穂を人に例えて、人は成長して成熟した人間ほど、稲穂のように頭を下げている、という意味のことわざです。

頭を下げるといっても、単にペコペコ頭を下げるべきという意味ではありませんよ。
これは「謙虚」であるという意味です。

つまり人として大きな器を持つ人間、徳が高い人間など、いわゆる人格者な人間ほど、とても謙虚であり物静かに振る舞う人物ということを指しているのです。

 

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謙虚な人間、傲慢な人間

普段からあまりしゃべらず物静かな人間が徳がある人間とか、よくしゃべる人間がダメな人間というわけではありません。

しかし、自分の富や地位、名声などに関係なく謙虚で物静かな人物というのは、見た目と違って実は人間として大物で徳がたい人格者な人間が多いと言われています。
つまり「実るほど頭が下がる稲穂かな」に例えられるような人物です。

逆に、自分の富や地位、名声にあぐらをかき、自分で自分のことを大物であると豪語したり、またそのような態度を取る傲慢な人物というのは、どんなに羽振りが良くてアグレッシブで景気がよくても、実は小物で小心者である人間が多いと言われています。

このような人物たちは、一般的には「見た目と中身が逆」に見えることでしょう。

テレビや書籍、ネットなどを見ていても、社会的に成功しているような、いわゆる「勝ち組」と言われるような人たちです。

別に社会的成功者がダメだとか、人間的に未熟とかそういうことではありませんよ。

ただ、そういった成功者がやたらテレビや書籍などに登場して、自分の成功術や武勇伝的な発言を多くしていたり、成功の功績が自分の力だけで成し遂げたような言い方をする人物というのは、その言動や態度からもわかるように、得てして傲慢な人間が多いです。

つまり、「実るほど頭が下がる稲穂かな」とは真逆の人間です。

 

人間の器の大きさ、いわゆる大成された人間というのは、その人の地位や名声、財産などがあっても、それに驕ることなく、むしろ尚更自分を戒め謙虚な姿勢をとることでしょう。

逆に地位や名声、財産などまったくなく、日々精一杯努力して生きている人でも、謙虚であり人にやさしく出来る人間というのは、人格者であるのです。

そのような人たちをあらわしたことわざが、「実るほど頭が下がる稲穂かな」です。

 

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