子供の左利きは無理して矯正しなくても良いと思う

 

 

右利き左利きといった誰しもが持つ利き腕、利き足などがありますね。

世の中の大半の人は右利きだと思いますが、昨今では左利きの人というのも決して珍しくもなんともない世の中になってきています。

 

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右利きと左利き

なぜ右利きと左利きが存在し、右利きが主流なのでしょうか?

これは正直あまり原因や証明などは不明と言われていますが、親というか家系の遺伝の影響もあると言われていますし、脳の構造というか右脳や左脳の発達の影響と言われていたりと、まぁ色々と原因があるようですがさだかではないようです。

そもそもなぜ利き腕などという、どちらか片方が勝るという構造自体あることが不明なんですけどね。

でも利き腕というのは、本人の意志とは関係なく生まれつき自然とあるものです。

生まれてからしばらくして「俺は左利きにしよう!」「私は右利きが良いな」なんて決められるわけはないということです。

当たり前ですよね。

つまり本人は好きで左利きなわけでもなく、好きで右利きでいるわけではないのです。

なぜか、利き腕が決められていて、その人の体の構造からしたら、その利き腕がきっと「最適」ということなんだと思います。

そういう意味ですと、人間の構造的に、右脳左脳の影響もあるかもしれませんが、ほとんどの人は右利きが最適ということなのではないでしょうか。

そして割合としては少数である左利きの人、この人たちはきっと左利きが最適なんです。

 

みんなが思っているよりも左利きは多い?

冒頭で左利きも昨今は珍しくないと書きましたが、その理由の一つとしては、一昔前ほどに「右利きへの矯正」がされなくなってきたという理由もあります。

人間の大半は右利きが主流でありますから、世の中の大半は右利きを優先的に、もしくは右利きを前提に成り立っているということが言えます。

文字を書くこともそうですし、ご飯を食べるためのお箸もそうです。

そしてそれらを学ぶための家庭の教育や学校なども、右利きを主流として教えています。

文字は右手で書き、お箸は右手で持って左手でお茶碗を持つといった具合です。

ですの、左利きということ自体は「ありえない」という習慣がありました。

左手で文字を書いたりお箸を持ったり、そういったことは「行儀が悪い」とか「作法が成っていない」などという見方をされます。

周りの人も右利きが大半ですから、左利きの人は「変な人」「おかしい持ち方」という風に見られ、左利き本人も周りの人と違うものですから当然そのように自身も思うものです。

こういったことが昔からの「左利きの矯正」として習慣化され、それが根強く今でも残っているということなのだと思います。

しかし時代と共に年々世の中も多様化が進んでいます。

無理して左利きを強制しなくても良いのでは?

別に左利きでも不自由ではないので放っておく

といった考えも増えてきて、左利きの人がそのまま増えていったということです。

テレビとか見ててもそうですよね。

結構左手でご飯を食べたり、左手で文字を書いたりしている人を見ることが多いと思います。

それでもやはり子供が小さい頃というのは、小さい子供に「あなたはどっちの手が利き腕なの?」とか「どっちの手を使った方が使いやすい?」などと聞いても、子供自体もあまりピンとこないもんですから、自然と右利きをメインとした右手で書く練習をしたりご飯を食べる練習をします。

しかし本当は実は左利きだったという子供もきっと多いのだと思います。

私も左利きです。

小さい頃は文字を書くのもご飯を食べるのも実は両手で出来ていました。

これは子供ながらに自分でも不思議でしたが、どちらの手でも違和感なく使えたのです。

しかし成長するにつれて、文字は右手、お箸は左手と自然となっていきました。

ボールを投げるのは小さい頃は左手でしたが、自然と右手になっていったのです。

利き腕の矯正などはされていません。

このような人も中には居るということです。

こういった上で色々と書いたこともあり、まだまだ右利きに矯正されている子供もいますから、実は左利きの方が本当はしっくりくるという人も、もっともっと居るのではないかと思っています。

 

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子供の左利きの利き腕などは無理して矯正しなくても良いのでは?

これは私個人の感想です。

なぜかと言いうと、上でも書きましたが、やはり本人にとってもその利き腕が「最適」なのではということです。

そもそも利き腕を強制的に決めること自体が不自然であるということです。

世の中の人間というものは、得てして周りと違う行動などをする人に対して、違和感を感じたり不自然さを感じたりするものです。

これは良いとか悪いとかという話ではなくそういうものなのです。

ですので、例えば文字の書き順などは、あれは右利きの人を前提とした書き順になっているかと思いますが、その右手を前提とした書き順を左手で書くから、なんとなく不自然な書き方になってしまうし、そいう見えてしまうのです。

これもしょうがないことです。

ですが、それでもやはりその人にとって最適な利き腕が自然なのではないでしょうか。

実際には見た目だけの問題であり、各々の人たちがどう思うかだけの問題だけであり、左利きでも誰も困ることはないでしょう。

これは仮の考え方ですが、もしかしたら右利きに矯正することにより、右脳左脳の構造にも影響が生じて、ものごとの考え方やアイデアなどの発想にも影響が出ているかもしれません。

左利きの人が無理に右利きに矯正されたために、何かが不自然になってしまうのではないかということです。

しかし順応性もありますから、その不自然な影響を感じないだけかもしれません。

この記事で言いたかったことは、左利きを右利きに無理して矯正しなくても良いという考え方を肯定したいということです。

今の世の中は昔もそうだったと思いますが、

人と違うということ

こうあるべきだという価値観の押し付け

そういったことで、本来あるべき姿よりも無駄なことを優先されてしまうことが多々あります。

そういった考えを徐々に緩和していき、ごく自然であるべき姿を大事にするということも大切なのではないかということです。

 

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