「ゆるく生きる」でも良いじゃない!なにごとも忙しくせずにゆとりを持とう!

 

 

日々忙しく過ごすことは決して悪いわけではありません。

目の前のことに一生懸命に取り組んで、精一杯忙しく生きるのも良いかと思います。

しかし忙しく行き過ぎて疲れ果てているのであれば、もう少し「ゆるく生きる」でも良いのではないでしょうか。

 

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せわしなく忙しすぎる人たち

忙しいのは良いことだと思いますが、人間はやはり忙しすぎるというかせわしないような気がします。

日々忙しく精一杯生きることはとても良いことですが、何も生き急ぐ必要はありません。

「ゆるく生きる」なんてことは、正直なところよほど意識しないとなかなか出来ない生き方でもあります。

つまり意識しない限りは、ほとんどの人たちは「せわしなく」「忙しく」生きているという見方も出来ます。

  • あれもやらなきゃ
  • これもやらなきゃ
  • 他の人よりももっと勉強しなきゃ
  • 他の人よりももっとお金を稼がなきゃ
  • もっと仕事しないと
  • 納期・スケジュールに間に合わせないと
  • アレも楽しんでコレも楽しみたい
  • もっともっと・・
  • 忙しい忙しい・・

生きていく上ではやむを得ないこともたくさんありますし、常に何かに追われるように過ごさなければいけないこともあるかと思います。

それでもやっぱり私たち人間はアレもコレもと急ぎ過ぎですよね。

いくら世の中がどんどん便利になってきても、私たち人間はゆとりを持つことをゆるしません。

せっかく空いた時間を、そのままにせずに何かを詰め込もうとします。

これが悪いわけではありません。

人生無駄に過ごしてももったいないですからね。

しかし、そのせわしない生き方のおかげで、自分自身が疲労しきってしまってはしょうがありません。

極端な話ですが、「ゆるく生きる」=「怠け者」という風潮もあるかと思います。

「ゆるく生きる」=「一生懸命生きていない」という風潮もあるかと思います。

この考え方自体は否定しません。

しかし、本当にそれだけでしょうか?

きっとせわしく生き急いで、気が付いたら

「自分の人生なんだったのか?」

「忙しいわりには何も残っていない」

「結局自分は何が欲しかったのか?」

このように思う人も決して少なくないと私は思います。

やはり人はもう少し「ゆるく生きる」を実践しても良いのではないでしょうか?

そういったゆとりを持ちつつ、一生懸命生きるといったことが大切なような気がします。

 

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「ゆるく生きる」でも良いのです!

「ゆるく生きる」良いじゃないですか。

そのゆるく生きる中で、どれだけ実りのある時間を過ごせるかということです。

ここで言う「ゆるく生きる」ということは、惰性(だせい:何となく習慣で生きる)で生きろということではありません。

ここで言う「ゆるく生きる」ということは、一生懸命やらないとか適当に生きろとかいうことではありません。

そうではなくもう少し「心に余裕をもって」生きようということです。

ここの線引きは人によって違いますし、難しいかもしれません。

冒頭でも書きましたが、時には忙しくするのも決して悪いことではありませんからね。

ですが、ゆとりを持った「何もしない時間」「何かに追われない時間」「自分をゆっくり見つめる時間」そういったことも大切だということです。

そうすることで、

  • 自分のやっていることは正しいのか?
  • 自分のやりたかったことは本当にコレなのか?
  • 自分は疲れていないか?
  • 何か大切なことを見逃していないか?
  • 人にやさしく出来ているのか?
  • 本当に大切な人を大事にしているのか?

こういったことを見つめることが出来るかもしれませんし、こういったことを考えることはとても大切なんだと思います。

「ゆるく生きる」でも良いじゃないですか。

この記事を読んでいるということは、きっとあなたは少し疲れているのかもしれません。

「無理しているかもしれませんよ」というサインかもしれません。

もしそうだと思うのであれば、「ゆるく生きる」でも決して悪いことではなく、むしろ大切なんだということも感じてくれれば良いかと思います。

 

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